▼読書『言い訳 関東芸人はなぜM-1で勝てないのか』
お笑い芸人・塙宣之の本。
一昨年購入して一読している。
板垣恵介本を甥に貸したので、代わりの平日のお供として再読。
おもしろい。
ああそういうことなんだー、これほんとそうだなー、いやいいこと書いてあるなー、の連続。
なんだか一読したといっても結局肝心なところは全部忘れている気がしてきた。
こういう賢い人の賢いところに接するとなんだか胸がじんわりする。
自分は本当にもう賢い人に憧れているんだなって思う。
賢いことに感心して楽しませてもらいながら、いいなぁ・・・ってなる。
憧れとうらやましさと自虐のないまぜというか。
ここに嫉妬がないように思えるのはせめてもの救いなのだけど。
嫉妬が感じられないのはまだ、自分もいつかこういうふうになれるんじゃないか?って考えているからだろう。
この根拠のない自信、自惚れ、エゴになって人に迷惑をかけないかぎりはけっこう大事にしていきたいところではある。
お笑いは表面的にエンタメとして楽しませてもらっている程度だけど、そんな自分でもこの本にはほんとうに唸らされてしまう。
次の休日はアマプラにある『M-1』を見てみようと思った。
自分は『M-1』は苦手でちゃんと見たことがない。
なんだか、お笑いはひたすら笑って楽しみたいだけなのに、コンテストってなるとその背景に戦いがあって、勝者敗者が浮き彫りになる、というのがどうにも感情的に折り合いつけ難く。
自分がもし、あーすごくこの人たちおもしろかったなー、って思っても、その人たちが負けてしまったらその楽しい感情にケチをつけられてしまう気がする怖さがあるというか。
頭では、いやそうじゃない、自分が楽しいと感じたならそれはそれでいいんだ、って思うんだけど。
でも思い返すと『IPPONグランプリ』とかはふつーに楽しんで見ている・・・あれは主には数とかスピードの勝負だからだろうか。
ネタ自体には各々そのときそのときで一応の平等的な合格評価がくだされているわけだし。
しかし漫才となると、なんかその・・・というか漫才見て笑いながら、同時に「がんばれ!」って思えるものなの??というのを思ってしまう。
それを確かめるためにもここらでしっかり見てみたい。
とにかく塙のいろんな芸人の「これはこうだからおもしろい漫才なんです」みたいな分析、解説がすごく具体的で感心しきりになる。
それを踏まえた上でという形で見てみる。
▼絵
ビルド、結局完成ならず。
明日たぶんモノクロで色つけて終わらせる。
でもこういう中途半端な、落描きなのか本描きなのかっていう絵はあんま描かない方がいいんだろうか・・・
いや!でも楽しいから、描きたくて描く絵は否定するところじゃないだろう。
この絵、今の時点でも自分なりにはけっこう描けてるのでは?思えるし、気に入っているし。
そういうの大事にしていこう。
今まではこの線のままを使って完成としていたけど、明日はひとつの試みとして、今の線をあくまでも下描きとして、この上からなぞって本線を描いてみるのもいいかもしれない。
荒い線も好きなんだけど、せっかくだ、練習だ。
下の絵は正月に甥姪が勉強しているとき横で描いてたやつ。
お笑い芸人・塙宣之の本。
一昨年購入して一読している。
板垣恵介本を甥に貸したので、代わりの平日のお供として再読。
おもしろい。
ああそういうことなんだー、これほんとそうだなー、いやいいこと書いてあるなー、の連続。
なんだか一読したといっても結局肝心なところは全部忘れている気がしてきた。
こういう賢い人の賢いところに接するとなんだか胸がじんわりする。
自分は本当にもう賢い人に憧れているんだなって思う。
賢いことに感心して楽しませてもらいながら、いいなぁ・・・ってなる。
憧れとうらやましさと自虐のないまぜというか。
ここに嫉妬がないように思えるのはせめてもの救いなのだけど。
嫉妬が感じられないのはまだ、自分もいつかこういうふうになれるんじゃないか?って考えているからだろう。
この根拠のない自信、自惚れ、エゴになって人に迷惑をかけないかぎりはけっこう大事にしていきたいところではある。
お笑いは表面的にエンタメとして楽しませてもらっている程度だけど、そんな自分でもこの本にはほんとうに唸らされてしまう。
次の休日はアマプラにある『M-1』を見てみようと思った。
自分は『M-1』は苦手でちゃんと見たことがない。
なんだか、お笑いはひたすら笑って楽しみたいだけなのに、コンテストってなるとその背景に戦いがあって、勝者敗者が浮き彫りになる、というのがどうにも感情的に折り合いつけ難く。
自分がもし、あーすごくこの人たちおもしろかったなー、って思っても、その人たちが負けてしまったらその楽しい感情にケチをつけられてしまう気がする怖さがあるというか。
頭では、いやそうじゃない、自分が楽しいと感じたならそれはそれでいいんだ、って思うんだけど。
でも思い返すと『IPPONグランプリ』とかはふつーに楽しんで見ている・・・あれは主には数とかスピードの勝負だからだろうか。
ネタ自体には各々そのときそのときで一応の平等的な合格評価がくだされているわけだし。
しかし漫才となると、なんかその・・・というか漫才見て笑いながら、同時に「がんばれ!」って思えるものなの??というのを思ってしまう。
それを確かめるためにもここらでしっかり見てみたい。
とにかく塙のいろんな芸人の「これはこうだからおもしろい漫才なんです」みたいな分析、解説がすごく具体的で感心しきりになる。
それを踏まえた上でという形で見てみる。
▼絵
ビルド、結局完成ならず。
明日たぶんモノクロで色つけて終わらせる。
でもこういう中途半端な、落描きなのか本描きなのかっていう絵はあんま描かない方がいいんだろうか・・・
いや!でも楽しいから、描きたくて描く絵は否定するところじゃないだろう。
この絵、今の時点でも自分なりにはけっこう描けてるのでは?思えるし、気に入っているし。
そういうの大事にしていこう。
今まではこの線のままを使って完成としていたけど、明日はひとつの試みとして、今の線をあくまでも下描きとして、この上からなぞって本線を描いてみるのもいいかもしれない。
荒い線も好きなんだけど、せっかくだ、練習だ。
下の絵は正月に甥姪が勉強しているとき横で描いてたやつ。
コメント