職業・女王

2007年7月18日
今日はジム行って帰った。
ちゃおと「トゥルーデおばさん」が届いた。
「ベルサイユのばら」を観て夕飯食って漫画読んで寝た。
 
 
 
ジムは、20kgを20回。
ショルダープレスにて。
成長してるじゃないか。
でもこんなのは強さとはあまり関係ないんだ。
ケンカの強さとは。
ケンカなんて暴力!野蛮!なんだけど、ケンカが強いってことはやっぱり、格好良いんだぜ、つーか、世の中最近怖いしねってことで。
いざ襲われても俺には!って思って生きていけた方が良いと思うんだ。
そう考えていくと、自分はやっぱ間接系武術。
だってオリバ負けたし。
筋肉だけじゃだめなんだ。
間接系武術と、呪術だ。
間接を極めつつ、印を結んで呪う、みたいなバトルスタイル。
戦う前から相手を弱らせる(びびらせる)ことも可能だ。
なんかちょっと鋼の錬金術師っぽくもあるし。
目指すはあんな感じかな。
実際呪術は一度真面目に勉強したいと思ってたし。
マイ・スタイル見つけたかなって。
間違ってると思ったら誰か言ってきて下さいね。
 
 
ちゃおは、アマゾンから届いた。
すげーー便利アマゾン。
いやあくまでコミック版「電脳コイル」目当てなんだ。
決して「きらりん」とかじゃないんだ。
でもまあそら読んだけども「きらりん」とかも。
大したもので、きらりんのセリフは全て自動的に「例の声」に変換されて頭の中に響いてきた。
「あ〜〜んもう頭がぐるぐるんだよ〜〜!!!」とかそんなのとか特に。
あの声以外あり得ないよね!みたいな。
大したものだよ。
上記のセリフは、きらりがヒロトに「きらりがあんなやつにキスされんのがなんかイヤなんだよ!」という告白を受けて。
「えーそれってどういうことー!?まさかヒロトくんもわたしのこと・・・!?ううんそんなはずないよね!?ねえどう思うナーさん!?」
「な!!!」
まあいいんすけども。
いっそこのままの関係で2人還暦とかまでいってくれたら、そこで初めて「この漫画おもしれえなあ」って思うかも知れない。
とにかく「きらりん」はそんなで、相変わらずのレボリューションで、その他漫画はぼちぼち。
今のとこ読んだり読まなかったりだ。

そして肝心のコミック版「電脳コイル」は、なんかまあ、うん、悪かない、という感じだった。
とりあえず付録の小冊子で1冊完結な形なので、最後にイサコともしっかり和解しており、どのメディアよりもいち早くイサコのそんな表情を見れますよ、みたいになっとる。
その他設定はアニメ通りだったり、アニメ通りなのか?というものだったり。
決定的に違うのは電脳世界の捉えられ方かも知れない。
なんか、ヤサコが電脳空間のゲート通ってワープしたりする。
あと電脳衝撃によって生身の体に傷が付いたりもする。
その他諸々。
こういう作品ならこういう世界観でもあり、という、まさにもうひとつの「電脳コイル」。
最初からここまでぶっ飛んでくれていると、細かいリアリティなんか考える必要なくて楽だなーと正直思ったりもした。
アニメはどうなっていくのか。

コミック版は同作者、同世界観(今回の付録の続きらしいので)で新たに11月にも出るようだ。
そこまでにテンション続いてたら買ってみてもいいと思う。
アニメの今後の展開次第だ。
 
 
「トゥルーデおばさん」は、大二郎。
大二郎グリムに興味。
でもファンの評価はそれなりだ。
自分的にも結構それなりだと思う・・・・・・。
やぱ大二郎はアジア系じゃね、みたいに。
でも「栞と紙魚子」はどっちかってとヨーロッパ系ネタの影響強めなのかな、とも思う。
まああれは何でも有りなんだけど。
 
 
「ベルサイユのばら」は、別れ。
オスカルとマリー・アントワネットの別れ。
悲しく、力強く、そして美しい場面だった。
アニメ見て美しいなんて感じること、そんなねえぞ、思うし。
最早民衆の怒りは権力では抑えられないことを訴えるオスカル。
だがマリー・アントワネットには女王である自分を捨てることなど到底できなかった。
最早2人の道が交わることはないことを悟ったオスカル。
「また会いましょう」
それが2人の永遠の別れの言葉となった。
マリー・アントワネットはどこまでも真摯に、毅然と、女王たろうとしたのかも。
でも女王とはなんであるかを考えたり、また教えたりする人はおらんかった、みたいなのことなのかも知れないなーと思った。
テレジア母さんは一生懸命そのことを伝えようとしていたはずだけど。

そして今週のサン・ジュストくんは、お仲間のベルナールくん(元・黒騎士)に尾行される。
今大事な時期なのにサン・ジュストくんの暴走で台無しにされては適わんよ、尾行して、というロベス・ピエール先生の命によるものだ。
尾行に気付いていたサン・ジュストくんはベルナールくんに言う。
「自分は自分で好きなようにやっているだけだ。人間なんてみんなそんなもんじゃないのか。ロベス・ピエールだって民衆のためだとか言っているが本当は権力が欲しいのさ」
自分のことをテロリスト呼ばわりするならば、ロベス・ピエールの方がよっぽど大物さ、と。
しかしベルナールくんは考える。
(ロベス・ピエールが実際どんな男か、そんなことは問題じゃない、今大切なのは民衆が自分達の意思で立ち上がるかどうかだ)
実際ロベス・ピエール先生は、初登場〜先週までは普通に、民衆の良き理解者、リーダーキャラであったのだが、今週になって事がいよいよという段階になりついに(?)その黒い素顔をさらけ出し始めた。
だがそんなことは大した問題じゃないのだ。
時代の流れという大きなうねり。
そこにある人間1人1人の意思。
大事なのはそれがどう動くか、動いていくかなんではないのか。
どうなのよサン・ジュストくん。

いよいよクライマックスなのか「ベルサイユのばら」。
つか元々面白かったけど、オスカルが衛兵隊に入ったくらいからまた一気に盛り上がってきたと思う。
アラン二刀流とか、なんかそんなのも含めて。
一体この力強さと美しさは何なのだろうか。
それが出崎なのか。
だとすると近年手がけている萌えゲー原作のアニメ化は無謀も不毛もいいとこなのではないだろうか(それは皆とうに言ってます)。
あれらに出崎流の力強さ、美しさが似合うはずもない。
それらにおいて表現されるべき美しさと、ベルサイユのばら、ジョー、ガンバ、コブラ等といったものの美しさはまた別物なんじゃないだろうか。
いや解りきったことだが。
それを出崎流にアレンジする・・・生命の美しさ、逞しさとかですか。
それ、求められてる?
俺は求めるけどさ・・・・・・どうなんでしょう。
関係ないけど、ふと立ち寄った店にオスカルフィギアとかないことを祈りたい。
青いのなんかあったりしたら、「衛兵隊.verじゃん!!え、4万?安っ!おじさーん!」みたいなことに成りかねない。
いや、なんだろ。
でもDVDは買うけど。
名作って厄介だよな。

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